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ビールは垣根を越えて人の輪を醸す~西陣麦酒計画~

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自閉症の人とともに西陣麦酒を製造・販売するプロジェクト、西陣麦酒計画。一見、関係がなさそうな「自閉症」と「クラフトビール」。この二つがどうつながっていったのかを、キーパーソンの松尾浩久さんにうかがった。


▲松尾さん(右)にインタビューをするレポーター(左)、西陣にある事務所にて

落とし穴にはまる、という必然

「「なぜ福祉に?」と聞かれたら、「いつも落とし穴にはまったようなもんだ」と話しているんですよ。」 冗談を言うように松尾さんは語る。大学時代、先輩に誘われた学童保育のボランティア活動がはじまりだった。それ以前に周りに聴覚障害の方がいたことや、阪神淡路大震災後、ボランティア意識が高まっていたこと、介護保険制度の開始にともなう福祉へ世間の注目も背景としてあったのかもしれない。「学童保育で受け入れている自閉症児への支援」、それが松尾さんに与えられた使命だった。自閉症と一口にいっても、障害の程度が比較的軽度の児童もいれば、コミュニケーションが難しい重度の児童、また医療的ケアが必要な児童もいる。「正直、チューブをずっとつけている子どもが健常児と同じ空間で過ごしている風景を見たときは衝撃でした。」と松尾さんは振り返る。さまざまな状況の自閉症児の支援をする中で、いつしか、ボランティアからアルバイト、非常勤職員、正職員へと、福祉分野で10年以上働くことになる。

がむしゃらに、目の前の課題に取り組んでいく

障害を持つ子どもたちが学童保育を卒業した後の受け入れ場の提供、日中の作業所開設のための寄付募集、平日夕方に過ごす場の提供、土日の保護者の負担を減らすための介護人派遣事業。次から次へと出てくる目の前の課題にがむしゃらに対応していく組織で課題に取り組んでいく中で、さらにさまざまな状況の人と接することになった松尾さんが改めて感じたのは、「自閉症の方の受け皿となる場所と生産的活動に対する支援が必要」ということだった。そして、松尾さんは障害のある方の福祉就労・日中通所施設となる特定非営利活動法人HEROESを設立する。


▲インタビューを受ける松尾さん

夜明け前

自閉症の方が得意な仕事というと、工程が決まり切っている定型的な仕事が一般的だ。そういった仕事は製品の包装など、下請けの仕事が多い。仕事を受けるということは、もちろん約束の納期を守らなければならないのだが、体調の波が大きい障害者も多いので、少人数の施設では、受けられる仕事に限界もあったそうだ。 小規模・地域密着型のHEROESでは、納期の調整がしやすい自主製品を開発する必要があると切実に松尾さんは感じていた。
自主製品の開発にあたっては、1回限りの販売ではなく、日々買ってもらえるもの。「できそうなもの」からではなく、「やりたい!と思えるもの」。もちろん、自閉症の方の特性を生かせる、職人的なもの・インターネット販売などの定型的な販売事務作業が発生するようなものを探していた。

トリガー(きっかけ)は飲み会

きっかけは、自閉症の方の支援に関わる研修会に参加した後の飲み会だった。 福祉畑でも、障害支援、特に自閉症に関わる人たち・・・狭い業界であるからこそ、日本全国各地に影響力を持つ関係者が集い、ビールを片手に、現状の課題と実現したい未来像を語りあったのだろう。
なんと、その場でクラフトビールをやってみようと話が決まったのだ。クラフトビールの持つ職人的な製造工程と、自閉症の方の持つ特性の一致。それから、おとなの嗜好品である「ビール」の持つ面白さの可能性。すべてがここでつながった。
これが西陣麦酒計画のはじまりである。

ヒト・モノ・カネ・・・苦労はあったが、人・時流にも恵まれて

飲み会では、クラフトビール作りには4~5百万あれば始められるらしいという話だったのだが、その情報には少し誤りがあった。実は倍以上の費用が必要だったのだ。「自閉症の方の作業環境の提供」ということを啓発する意味でも、クラウドファンディングに頼らず、顔の見える形での寄付を募った。飲み会で集った西陣麦酒計画の発起人たちが日本各地につながりを持っていたこと、影響力のある人物が発起人に入っていたことも幸いして、目標金額を超える寄付を集めることができた。 その後、場所や人の問題、酒税法の醸造所許可申請をなんとか、クリア。前向きでひたむきな松尾さんたち発起人たちの姿勢が、人や場所の縁をつないでいったのだろう。
ここに、京都らしさを醸し出した、和食と一緒に味わえるクラフトビール「柚子無碍(ゆうずうむげ)」が誕生。 現在、京都市内で20か所以上、全国でも取り扱われている。寄付された方の知り合いが、取り扱ってくれるという話もよくあるそうだ。顔の見える形での寄付を募ったことが、ここでも功を奏しているといえる。
ちなみに、クラフトビールの名前「柚子無碍」は、「融通無碍(ゆうずうむげ)という四文字熟語をもじっています。意味としては、「障壁なく自由なさま」という感じです。多くの地域住民の考え方や行動が変化することで、誰もが住みやすい地域に、特に、社会的な障壁をうけ制限された生活を強いられている障害の方の地域生活が、よりよくなって欲しいという思いを込めています。」とのこと。


▲瓶にクラフトビールを充填する作業

地域とのつながり

クラフトビールの販売に伴い、関係各所に宣伝の張り紙をすると、地域の方が声をかけてくれるようになった。「おたく、ビール始めるんだってね。」「そうなんです。いつもご迷惑をおかけしてます。」「いやいや。それはかまへんけど、今度ビール飲ませてな。」。地域で障害者支援を遠巻きに見ている方とも、ビールというきっかけで共通の話題ができ、コミュニケーションがとりやすくなったそうだ。 地元桃薗学区のイベントにも、西陣麦酒が登場している。クラフトビールは、障害者と健常者、地域と障害者支援施設。そういった垣根を越えて、人の輪を醸し出している。


▲自閉症の方が描いた発起人のひとりの似顔絵

▲西陣麦酒醸造所店内(タップルーム)の様子

融通無碍(ゆうずうむげ)な西陣麦酒計画

「自閉症」と「クラフトビール」。一見関係なさそうなこの二つは、机上で考えられた関係性ではなく、 目の前の課題に取り組んでいくなかで出会った、必然の関係性だった。――それは、松尾さんが「落とし穴にはまる」ように福祉畑に入ったのと同じ必然だったのかもしれない。「やりたい!」と思えることを、それぞれの特性・得意分野を生かすことで実現していく西陣麦酒計画。融通無碍な西陣麦酒計画の今後に注目したい。


▲クラフトビール柚子無碍(ゆうずうむげ)を掲げる松尾さん

レポーター

三輪圭子

左京区在住、三児の母。三人とも上京区の保育所に通う。子育てを機に働き方を変え、自宅でパンと発酵の教室「パンころ」を始める。また、上京区に縁があったことがきっかけで、不定期にバザールカフェでマルシェを企画している。

片桐直哉

一般社団法人くじら雲 理事長。新大宮商店街の「そらいろチルドレン」など、子どもたちを中心に世代を超えてつながることのできる場づくりに取り組んでいます。

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