▲左)顧問 戸田義雄さん 右)事務長 嶋秀人さん
「千本ゑんま堂大念佛狂言」(以下、「ゑんま堂狂言」という)は、上京区の引接寺(いんじょうじ)に1000年以上伝わる念佛狂言です。前回2022年7月にカミングで取材させていただいて以来の訪問となる今回は、一度途絶えたゑんま堂狂言を復活させて50年の節目を迎えるにあたり、新たな取組と現状、そしてこれからについてを戸田義雄さん(千本船岡山地域伝統芸能継承会:通称せんふな会 会長・ゑんま堂狂言顧問)と嶋秀人さん(千本ゑんま堂大念佛狂言保存会 事務長)に伺いました。

千本通を北に進み、上千本商店街の中ほどに千本ゑんま堂はあります。閻魔様がいらっしゃるということでご存じの方も多いかもしれませんが、こちらで年に一回、5月の1日から4日まで毎年開かれているのがゑんま堂狂言です。この日のために境内に舞台を拵え、一年を通して研鑽を重ねてきた古より伝わる演目が披露されます。その数は新作も合わせてなんと28演目。なかには無言の演目もありますが、ゑんま堂狂言は基本的に台詞がある狂言なので、初めて見ても分かりやすく、子どもから大人まで本気で笑える演目が揃っています。
詳しくは過去の記事をご覧ください。
https://www.kamigyo.net/report/senbon-enmado-kyogen
ゑんま堂狂言の現在
さて、初めにも触れたとおり、今年は、一度は途絶えてしまったゑんま堂狂言を復活させた保存会ができてちょうど50年の節目の年です。
ゑんま堂狂言は、演者の生活様式が変わり、また様々な娯楽が増えたこともあって昭和38年を最後に途絶えていました。ところが、昭和49年、境内にあった狂言堂が火災により全焼してしまいます。そしてこのことが「禍転じて福と為す」、ゑんま堂狂言が復活する大きなきっかけになりました。
このままでは本当にゑんま堂狂言は途絶えてしまう、その危機感から、途絶える前の狂言を知っている方が集まり、口伝で伝えられてきた演目を一つひとつ検証を重ねながら復活させ、年に一度の舞台で発表するようになりました。
その積み重ねの中で、地元のお祭りとして見に来ていた子どもや若者も稽古に参加するようになり、今では2歳から80歳まで、およそ30名の会員が活動されているそうです。
会員は週に一回、夜に集まって稽古をされています。
自宅でも練習して週一回の稽古場で合わせながら数多くの演目を演じられるようになるのは並大抵のことではないと思います。
ゑんま堂狂言は仕事ではありません。あくまでも好きだという思いと、その好きなものを守り、後世に受け継ぎたいという熱い思いが会員の方々には溢れています。そのおかげで私たちはそれを楽しむことができると思うと本当に頭が下がります。


現在では、5月の連休中の本公演と、2月の節分会の公演の年2回、ゑんま堂での狂言を見ることができる機会があります。
それ以外にも自主公演を年に数回しながら技の研鑽と普及に励んでいらっしゃいます。
50周年事業
そうした地道な努力が実を結び、ゑんま堂狂言は京都市の登録無形民俗文化財に指定され、文化庁からの補助金を活用できるようになりました。
それを機に、これまでは体系的にまとめられていなかった、曖昧に知っていることを記録にまとめることになりました。
その第一弾が、「ゑんま堂狂言 閻魔帳 其の一」です。

民衆が受け継いでいく郷土芸能は、時代と共に受け継がれるものと、つい忘れ去られてしまうものとがあると思います。このような記録が形に残るということはとても有意義なことです。
閻魔帳の中では、語り部として、ゑんま堂狂言の中断前をご存じの戸田顧問や、子どもの頃に祖母に連れてこられてからゑんま堂狂言が大好きで入会されたり、もともと能狂言が好きで偶然の出会いが重なって入会された20代の会員の方々などがお話をされています。
とても興味深い内容ですので、是非ご覧いただければと思います。閻魔帳は、府内図書館・国会図書館でご覧いただけます。何よりベテランと若手が同じ語り部として登場するところにゑんま堂狂言保存会の風通しの良さを感じ、これは未来に続いていくであろうと確信しました。
ここで少し、面について触れたいと思います。
ゑんま堂狂言では一般的な狂言とは違って、ほとんどの演目が面をつけて演じられます。
古くから伝わる面が火災を免れて無事であったことがゑんま堂狂言復活の大きな理由になりました。

古面は56面ほどあります。年代が分かるもので最も古い面はおよそ300年前のものだそうです。それらの面を修理しながらずっと現役で使い続けていらっしゃいます。
今回の取材ではその貴重な面をいくつか見せていただきました。
大きな木の塊から削り出された面は厚みがありますが、不思議と重くは感じませんでした。
これまで何人もの方々が付けてこられたため、内側は黒く光っています。
また、使われて傷もついている面の表情には時を経た迫力を感じました。
木製の面は、もちろん硬くて、目の所に小さな穴が開いています。

私も実際に面を付けて覗かせていただきましたが、視野はとてもせまく、舞台から落ちないのだろうかと思うほどでした。また、口のところは覆われているか、開いていても小さな穴です。
屋外で観客の方々に台詞をはっきりと聞き取ってもらうためには大きな声を出さなければなりません。
一口に面をつけて演じると言いますが、硬い面によって視界は狭く、声を張らなければならず、それでも観客に笑ってもらうには軽やかに演じる必要があり、大変さは見せられません。そうした状況の中で演じるのはとても凄いことだと改めて思いました。

ところでこの面ですが、古くて割れてしまい、使えなくなってしまったものや修理にも限界のあるものが出てきたそうです。そんな時に若手の能面師の方との出会いがあり、平成元年から復元新調を始められました。古面の傷や欠けを敢えて再現した木の面は、古いものと並べてもどちらが新しい面かわからないくらい精巧に復元されています。
一つの面を作るのにも多くの費用がかかるので、古い面と新調した面の両方をこれからも使い続けていかれるそうです。
この後発刊される「閻魔帳 其のニ」では、その面と鬼をテーマにしているそうなので、こちらもまた楽しみです。こちらも、発刊次第、府内図書館・国会図書館でご覧いただけます。また、令和8年度の本公演(5月と2月)で無料配布される予定です。
今後について

会員一人ひとりの力と熱意によって受け継がれていく郷土芸能を守っていくためには、地元の方の応援と新たな会員の獲得が大切になってきます。
地元の幼稚園や小学校で演じられた際には、子どもたちの素直な反応に触れ、狂言の味わいを改めて見直す機会になったそうです。
それ以外にも地道な普及活動を重ねて地域にファンを作り、その中から一緒にやりたいと思ってくれる人が出てきたくれたら嬉しい、とお話されていました。
年に一度、ワクワクする地元のお祭りがあることは子どもにも大人にも嬉しいことだと思います。そしてそれはまた、地域の活性化、ひいては住み良いまちができていくことにつながります。

狂言、伝統芸能、と聞くと堅苦しく感じられるかもしれませんが、決してそんなことはありません。演じられているのはそれを愛してやまない地元の方々です。耳に心地よい音楽と台詞、今の時代にも生きる笑いを是非味わっていただき、自分たちのまちの誇りとして毎年楽しみに足を運んでいただけたらと思います。
「皆さんに笑っていただけることが何よりも嬉しい、そのために活動しています。」そう話されているお言葉が心に残りました。
今後の公演予定


千本ゑんま堂節分会
日時 令和8年2月3日(火) 19時30分~21時
場所 千本ゑんま堂(引接寺)本堂
観覧有料
チケット販売は令和8年1月16日(金)より引接寺(寺務所)にて。
京の鬼と伝統芸能パネル展
日時 令和8年2月2日(月)~3日(火)
場所 千本ゑんま堂(引接寺)会館2階
観覧無料
ゑんま堂大念佛狂言
日時 令和8年5月1日(金)から4日(月)まで
場所 千本ゑんま堂(引接寺)
観覧自由
5月1日(金)、2日(土):夜の部(19時~21時30分頃)
5月3日(日)、4日(月):昼の部(12時~16時30分頃)
5月3日(日):夜の部(18時~21時頃)
5月4日(月):夜の部(18時~21時30分頃)
千本ゑんま堂大念佛狂言保存会HP
レポーター
民間に伝わる伝統行事や芸能に関心があります。
今回のゑんま堂狂言のお話を伺って、それぞれの地域や家に残る慣習を伝え、続けていくことの価値を再確認しました。
上京の家々や地域には小さくて目立たなくても価値あるものが沢山あると思います。
是非些細な事でも記録に残し、伝承していって頂きたいと思いました。
後日、実際に演じられているのを拝見する機会に恵まれましたが、付けている面が演者と一体化していることに本当に驚きました!
台詞や動きにも勢いと迫力があり、そして演者の掛け合いや間合いが絶妙で笑いを誘っていました。
百聞は一見にしかず、みなさま是非足をお運び下さい。
私もゴールデンウィークには家族で見に行きたいと思っています。