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信長ゆかりのお寺で古文書発見!学生たちが大調査!

阿弥陀寺の本堂
▲阿弥陀寺の本堂

皆さまは寺町今出川(上京区鶴山町)にある蓮臺山捴見院阿弥陀寺(れんだいさんそうけんいんあみだじ)というお寺をご存知ですか? 実は、このお寺には織田信長が眠っています。

阿弥陀寺は、1582年(天正10)6月2日本能寺の変により、信長ら本能寺や二条城で亡くなった人々を引き取り供養しているお寺です。また、後陽成天皇(ごようぜいてんのう)によって下賜された勅額(天皇直筆の書を額に仕立てたもの)や正親町天皇(おおぎまちてんのう)から賜った雅楽器、信長・兄信広・嫡男信忠の木像もあり、年に1度特別公開がされています。

なんと近年、この信長ゆかりのお寺で新たな古文書が発見されたのですが、様々なきっかけにより、京都府立大学文学部歴史学科の学生が調査を進めることになりました。今回は調査チームを率いる学生の若山阿美(わかやまあみ・阿弥陀寺出身、京都府立大学文学部歴史学科文化情報学ゼミ4回生)と上武恒介(うえたけこうすけ・同学科4回生)が調査の経緯と活動を紹介していきます!

織田信長が眠る寺 ―阿弥陀寺ってどんな寺?

創建は室町時代末期の蓮台野(れんだいの/現代の一条大宮あたり)とされ、最大の寺域は8町(約880m)四方と伝わります。のちの豊臣秀吉による寺町の形成に伴い、現在地に移転しました。

▲左から信忠公・信長公・信孝公の墓

開山(初代住職)清玉(せいぎょく)上人は、織田信長公との縁が深く、公に帰依を受けられた方です。その縁により信長公は、阿弥陀寺を京都における菩提寺として整備されました。天正10年(1582)6月2日、清玉上人が本能寺の騒ぎを聞きつけて現場に向かうと、信長公はすでに自刃されていたため、森蘭丸ら近習(特に親しい家臣)に公の遺骸を託され、阿弥陀寺に持ち帰りました。また、同日に本能寺や二条城で亡くなった人々を供養しました。境内には信長公・その息子信忠公、その家臣方々の墓が並びます。これが織田信長公本廟所と呼ばれる所以です。

大正6年(1917)、信長が正一位の位が与えられた際には、信長公の墓所として阿弥陀寺に、当時の京都府知事・木内重四郎が勅使として訪れ、贈位の儀式が行われました。

▲阿弥陀寺の門と石碑

古文書を新発見!調査チームを結成!

2024年10月、書院の解体修理をしていた際に新たに200点以上の古文書が入った箱が発見されました。「大量の古文書が見つかったけど、どうすれば…」と私たちは戸惑いながらも考えた結果、「古文書講座」という、古文書を解読する自主ゼミに参加している学生たちを中心に調査チームを立ち上げることにしました。

まもなく、もう1箱古文書が入った箱が見つかり、さらに215点追加、計400点以上となりました。その後も数点ずつ増え、すでに知られていた室町・戦国時代の古文書も含めて調査することになりました。

学生たちが謎を解き明かす

調査に参加している学生は現在20名を数えます。学生が所属するゼミは、私たち文化情報学ゼミのほか、日本中世史、近世史、近代史、考古学、歴史地理学、建築史と様々です。そのため学生の視点も多様であり、史料を石造物や建築と関連づけて読み解いていくのもこの調査チームの特徴です。

調査では江戸時代以降、信長やその家臣の子孫たちが阿弥陀寺に参詣したり、献上品を納めたり、石灯籠を修復したりしていたことが明らかになりました。また、阿弥陀寺と一部の大名家は明治期以降にも関係を持っていたようです。

現在調査に参加している学生に、参加の理由や感想を聞いてみたところ、「阿弥陀寺は信長公の廟所として著名で、そのお寺で新出史料の調査ができると聞いて参加しない理由はありませんでした」「日頃から古文書に触れることでくずし字を読む習慣がつくし、文化財保護の一端を担えると考えて、参加しました」「くずし字を読む自主ゼミで誘っていただきました。信長公と縁のあるお寺のため、たまにビックネームが出てくるので毎回驚きます!」と返ってきました。

▲古文書調査の様子(ラベル貼り)

学生の発信活動 [その1]信長忌での展示解説

例年、阿弥陀寺では新暦6月2日に「信長忌」として、本能寺・二条城で亡くなった菩提を弔う法要と共に、来場者にむけて堂内及び寺宝の公開を行っています。

▲展示準備の様子


2025年の信長忌では、例年の寺宝公開に加え、私たちが取り組んできた古文書調査の成果を踏まえた展示を企画しました。なんと、約300人にご来場いただきました!

「阿弥陀寺と大名たち」をテーマとして、本能寺の変の後、江戸時代にも大名家として続いてきた織田家の各藩(芝村藩・柳本藩・柏原藩・天童藩)や討死衆の子孫である森家(赤穂藩・三日月藩)、青木家(麻田藩)との関係を示す史料を3点展示しました。この展示は、展示の企画立案から史料の選定、キャプションの執筆、展示品の管理、当日の拝観者への解説に至るまで、ゼミの指導教員の東昇先生に監修してもらいながら取り組みました。

博物館のような展示ケースなどで物理的障壁を設けないことでかえって筆遣いなどを肉眼で間近に見ていただくことができました。さらに展示を担当した学生が解説することで、より身近に歴史を感じていただけたと思います。
長年継続して来場しているリピーターの方々からも好評で、私たちも今年の展示へのやる気が俄然湧いてきました。「どうしたら楽しんでもらえるかな?」とあれこれ工夫を重ね、準備を頑張っています!

▲学生が展示品を説明する様子

学生の発信活動 [その2]京都府立大学130周年記念講演

2025年は京都府立大学開学130年という記念すべき年でした。それに伴って、京都府立大学同窓会主催の開学130周年記念講演会に私たちゼミ生と指導教員の東先生が登壇し、阿弥陀寺での古文書調査について講演する機会をいただきました。住職による阿弥陀寺と織田信長に関する講話を映像で観てから、文書調査で新たに発見された史料を用いて阿弥陀寺の歴史を紹介しました。300人ほどを収容する第3講義室が満員となるほど大盛況でした。

▲講演会の様子①
▲講演会の様子②

まだまだ調査・発信していきます! 「学生たちがつくる報告書」

私たちが卒業する2027年3月までに、調査成果を報告書にまとめて刊行する予定です。その費用を調達するため、クラウドファンディングにも挑戦したいと考えています。無事に報告書が刊行されたあかつきには、学生である私たちと住職のトークイベントも企画しています。

「自身の先祖調査で培った調査力を活かしたい」「文書に記された内容が、今の阿弥陀寺にどのようにリンクしているのか、そして文書からだけでは見えてこない阿弥陀寺の一面について、石造物の視点からアプローチしてみたい」「寺町の阿弥陀寺のことをもっと多くの人に知ってもらえるよう、「そんな歴史があったのか!」と思ってもらえる報告書にしたい」と全力で調査し、その結果をまとめています。
皆さま、私たちの調査・発信活動をどうぞ温かく見守ってくださいますよう、よろしくお願いします。

▲信長忌のご案内
▲信長忌の時程

信長忌(のぶながき)

日時  令和8年6月2日(火) 9時半~15時(受付終了は14時半)

場所  蓮臺山 捴見院 阿弥陀寺(京都市上京区寺町通今出川上ル鶴山町14)

拝観料 午前 特別拝観料3500円

    午後 一般拝観料1500円

時程

9時半  受付開始

10時  法要・講話・本廟参拝

正午  一般拝観開始

13時  講話

14時  講話

14時半 受付終了

15時  閉堂

※普段の本廟参拝の際は、境内護持協力金として、おひとり500円のご協力をお願いいたします

詳細等は阿弥陀寺公式SNSでご確認ください

インスタグラム… Instagram
X(旧Twitter)…寺町 阿弥陀寺 (@Amidaji_Kyoto) / X

レポーター

若山阿美<br><br>
若山阿美

京都府立大学文学部歴史学科文化情報学ゼミ
お寺を皆さんにとって身近なものとして感じていただけるよう頑張っています。京都にたくさんあるお寺の魅力をお届けできればと思います。

上武恒介
上武恒介

京都府立大学文学部歴史学科文化情報学ゼミ
調査に行くのと古文書を読むことが大好きです。愉快な仲間たちとみんなで頑張っていきます!